キキーッッ!

響き渡る、車のクラクションの音。
私のお兄ちゃんは、私の目の前で、空高く飛び上がった。

思い出は永遠に

お兄ちゃんが亡くなってから、1週間が経った。
お通夜やお葬式の関係でずっと学校を休んでいたから、実質上今日はお兄ちゃんがいなくなって初めての学校。
私は、部屋の鏡にむかい、にっこりと微笑む。
――大丈夫。笑えてる・・・よね。
それを確認して、私は玄関へ急いだ。
下駄箱の上の、お兄ちゃんの写真に向かって、
「いってきます。」
カチャリ、と家のドアを開けた。

「おはよー!稚奈。」
明るい声がした。
「おはよう、順兄。」
ぎこちない笑顔を浮かべ、私は順兄に挨拶を返す。
順兄は、高校生だった和哉お兄ちゃんの後輩。
家が近くて、親同士も仲が良かったから、昔はよくお兄ちゃんと私と順兄の3人で遊んでいた。
私の通う中学校はお兄ちゃんたちの通ってる高校の付属だから、登校するのも3人一緒だった。
・・・でも、今日からはもうお兄ちゃんはいないんだ。
そう思うと、少し寂しくなる。
「なーに暗い顔してんだよっ!」
バシーンッ!と良い音を立てて、私の頭は順兄の手に叩かれていた。
「な、なにするのよ順兄!!」
「そうそう、やっぱり稚奈はこうでなくっちゃ。」
涙目で叩かれた頭をおさえる私に、順兄は笑顔で答えた。
元気付けてくれてるのかな?
なんとなくだけど、そんな気がした。
・・・そうだよね。いつまでも、お兄ちゃんの事を気にしている訳にもいかない。
だから、私も笑う事にした。
「そうだ、稚奈。」
ふいに、順兄に声をかけられた。
「どうしたの?改まっちゃって。」
急に真剣な面持ちになった順兄に、私は問いただす。
「俺、今日から稚奈のお兄ちゃんになる!!」
「・・・はい!?」
いきなり何を言い出すかと思えば。・・・お兄ちゃん!?何で!??
「だから、俺が和哉兄の代わりになるって言ってるの。
和哉兄に、俺が居ないときは稚奈をよろしくって頼まれてたし。」
「お、お兄ちゃんが??」
「うん。・・・あっ!早くしないと学校遅れる!!妹よ、急げっ!!!」
「”妹よ”って・・・嫌ー!!その呼び方やめてよーっ!!!」


「稚奈ー!我が妹ーーー!!」
「・・・何?順兄。」
ここは中等部。なのに何故高等部の順兄がいるのかというと・・・
「今、自習なんだ。稚奈が心配だから抜けてきたっ!!」
・・・笑顔でこれだ。
「お兄ちゃんでもこんなストーカーみたいな真似しないわよ!それに授業中に心配する事って何よ?」
小声で指摘する私に、順兄は
「ほら、稚奈がもし授業で先生に指されて答えられなかったら大変だろう?」
それの、どこが大変だって言うのよ。
私には順兄がこの場に居る事の方が大変なんだけど。
私の席は窓際。そして、順兄はその窓から顔を出している。
・・・でも、私の教室は3階。しかも、ベランダなんてものは存在しない。
窓の外は、ただ青い空が広がっているだけ、だ。
なのに、順兄はどうやって窓から顔を出しているのかというと・・・
窓の近くにある木の枝に、わざわざよじ登っていたのだった。
さっきから、先生にバレてないのがすごいと思う。でも、いつバレるかわかったもんじゃない。
「とにかく、順兄。ことあるごとに中等部にくるのはやめて!!授業もサボっちゃダメ!」
・・・これじゃぁどっちがお兄ちゃんなんだかわからないじゃない。
「しょうがないなぁ。そろそろ先生が帰ってくる頃だと思うから戻るよ。」
いや・・・そういう問題じゃないと思うんだけど。


「ねぇ、稚奈。さっきの男の人、誰??」
休み時間。
廊下の片隅で、親友の花ちゃんが私に尋ねてきた。
「あー、えっと、あれは・・・」
「それって俺の事ー!?」
私が口ごもっていると、背後から妙に明るい声が聞こえてきた。
振り返ると、そこの窓から順兄が顔を出していた。
「俺は稚奈のお兄ちゃんだよ!!」
「あれ?でも稚奈のお兄さんって、確か―・・・」
「・・・花ちゃん。こんな人の言う事間に受けないで。行こ??」
私は花ちゃんの手をとり、窓から遠ざかろうとした。
「どこ行くの?俺もついてく!!」
「トイレだよ!!それでもついて来る気!?」
「・・・ごめんなさい。」
ようやく諦めた順兄を置いて、私は花ちゃんに行こう、と促しその手を引いた。
「わわ、ちょっと稚奈!?どーいうこと〜!??」
花ちゃんは、訳わからぬままに私に手を引かれていた。

「・・・で?」
さっきの休み時間は順兄のせいでつぶれてしまい、次の休み時間、私は再び花ちゃんに問い詰められていた。
「だから、順兄はただの幼馴染だよ・・・。」
「ほんとにそれだけ??」
花ちゃんは尚も問い詰めてくる。
「順兄は、お兄ちゃんが大好きだったから。・・・だから、私にも優しくしてくれるだけ。」
「でもお兄ちゃん役を買って出てくれたんでしょ?よかったじゃない」
「よくなんかないよ・・・。だって、私・・・お兄ちゃん役なんて・・・」

頭がクラクラする。
私、どうしちゃったんだろう。
目の前の視界がぼやけて・・・

そこで、記憶が途切れた。

「稚奈っっ!!」

花ちゃんの叫び声が、聞こえた気がした。


目を開けると、そこは真っ白い天井だった。
「目、覚めた?稚奈。」
花ちゃんが、私の顔をのぞきこんでくる。
「ここ保健室だよ。稚奈、寝不足で倒れたの」
・・・寝不足??そういえば。
「お兄ちゃんのことがあってから、しばらく寝れなかったから・・・」
目をこすり、私はベッドから上半身を起こした。
「私はこれから授業に行くけど・・・稚奈はもう少しここで休んでな、ね?」
「ん・・・ありがと、花ちゃん・・・。」
花ちゃんが出て行くのを見送って、私は自分の制服に目を落とした。
「あーあ、しわくちゃだ・・・。」
制服のまま寝たから、スカートは見事にしわくちゃになっていた。
そのしわを一生懸命伸ばしていると、私の手にスカートとは違う、少し硬いものが手に当たった。
「?」
スカートのポケットに手を入れ、それを取り出す。
それは真っ赤なカバーに包まれた生徒手帳だった。
私はそのカバーに挟まれている写真をとった。
お兄ちゃん、私、順兄。
3人が、仲良く微笑んでいる写真だった。
一番左に写っている人物に視線を向ける。
「お兄ちゃん・・・」
いつも優しかった、私のお兄ちゃん。
もう、一緒に笑ってくれる事はないけれど。
ずっとずっと、私の大切なお兄ちゃん。
視線を右にずらす。
そこには、順兄の姿が写っていた。
順兄も、いつも私に優しくしてくれた。
私の、大切な幼馴染のお兄ちゃん。
でも、その”大切”は、お兄ちゃんのとはちょっと違くて。

「稚奈?」
ふいに、声が聞こえた。
保健室には私しかいなかったのに、ドアの開く音はしなかった。
ということは。
「やっぱり・・・。」
視線を窓の方に移すと、そこには今窓から部屋に入らんとしている順兄の姿があった。
・・・まったく、なんでこう順兄は窓から顔を出すのが好きなんだろう。
「寝不足で倒れたんだって?大丈夫!?」
窓から部屋に侵入した順兄は、バタバタと私の方に駆け寄ってきた。
「大丈夫だけど・・・今授業中でしょ?抜け出しちゃだめって言ったじゃない。」
「そんな、妹の一大事に授業なんて受けてられっかよ!!」

妹じゃない。
私のお兄ちゃんは、もういない。

「・・・れないよ。」
「え?」
「順兄は、私のお兄ちゃんになんてなれないよ!私のお兄ちゃんは、ずっとずっと和哉お兄ちゃんだもん!!」
涙がぽろぽろこぼれだす。
・・・最低だ、私。
順兄に、こんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・。
「・・・やっぱり、俺じゃ和哉兄にはかなわないのか・・・。」
順兄の悲しそうな顔。
私はそんなのが見たいんじゃない。
「違うっ・・・・そうじゃない・・・!!」
必死に頭を横に振る。
「お兄ちゃんじゃいや・・・。お兄ちゃんとかそんなんじゃなくて、私は・・・」

「私は、順兄が好き・・・。」

涙が流れて止まらない。
順が一瞬、目を見開いたかと思うと。
私は順兄の胸の中にすっぽりと納まっていた。
「ひどいこと・・・言って、ごめんね・・・!」
しゃくりあげながら、私は順兄のYシャツをぎゅっと握り締める。
「いいんだ。最初っから、和哉兄の代わりなんて無理だってわかってたし。
・・・それより、稚奈に良い事聞いちゃったしねっ。」
抱きしめられているせいで、順兄の顔は見えないけれど。
順兄はニヤリ、と笑った気がした。
私の顔が、一気に熱くなる。
「そ、そんなことより順兄、早く離してよっ!誰か来るかもしれないから!!」
「え〜、ど〜しよっかな〜??」
「じゅんにいっっ!!!」
「・・・んじゃ、その"順兄"ってのやめてくれたら。」
「へ?」
つい、間抜けな声が出てしまった。
「俺、稚奈のお兄ちゃんじゃないんだからさ〜。"順"って呼んでよ。」
「そんなの、い・・・」
「嫌っていったら、離してやんない。」
廊下から、ツカツカと足音が聞こえてくる。
「〜〜〜〜〜〜!!!」

ガラッ!

「あら、起きたのね、稚奈ちゃん。もう大丈夫?」
「はい。先生、ご迷惑おかけしてすみませんでしたっ。」
「これからはちゃんと寝るのよ?」
そう言って、保健の先生はまたガラガラとドアを開けて去っていった。
「・・・はぁ〜。」
それを見届けた後、私は盛大なため息をついた。
「よかったな、間に合って。」
窓からひょこっと顔を出してくる人物が一人。
「・・・・・・順なんか嫌いだ。」
「そう?俺は稚奈のこと好きだけど。」
「!!〜〜もう知らないっっ!!!」
「あっ、待てよ稚奈〜〜!!」

3人で過ごした日々は、もう戻ってこないから。
少しずつ、新しい私たちを作っていこう。
だけど、3人で過ごした思い出は、ずっと変わらないから。
その思い出は、そっと、大切に、胸の奥にしまって。

いつの日か、お兄ちゃんの所へ行くまで。

頑張るからね、お兄ちゃん。

***あとがき***
私的な設定だと、稚奈→中2、順→高2、和哉→高3だったりします。
3歳差って…これは年の差に入るんでしょうかね??(苦笑)
兄を亡くした少女と、その兄の代わりをする少年の話を書きたかったんです、はい。

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