雨が雪に変わるとき
ふと、空を見上げてみた。
この屋上から見える空は、いつも同じように見えて、実は違う。
空は僕らと同じように、笑ったり、泣いたり・・・ころころと表情を変えるからおもしろい。
僕は、毎朝この人気の無い屋上で空を見上げるのが好きだった。
人気がない、というのはこんなに朝早くから屋上に出るやつなんて僕ぐらいのものだからだ。
・・・でも、今日だけは違っていた。
空を見上げていた顔を戻し、ふと目を横にやると。
低いフェンス越しの町並みを、ボーっと見つめている少女がいた。
珍しいな、こんな時間に人がいるなんて。
そう思いながら彼女を見ていると、彼女は片方の手をフェンスにかけた。
そして、もう片方の手もフェンスにかけ、その低めのフェンスをふわりと跳び越す。
ほっそりとした体は簡単にフェンスの向こう側に行き、その振動で彼女の長い髪がふわりとなびいた。
フェンスの向こう側は、ちょうど彼女の小さな足が納まる程度の幅しかない。
その狭い間にしばし静止した後、彼女の体は力を失ったように前へ倒れ始めた。
前・・・すなわち、フェンスとは反対側。
その先には、彼女の体を受け止めるものは何もなかった。
ガシッ!
気がつけば、僕は急いでフェンスに手をかけ、彼女のその細い腕をつかんでいた。
「やめなよ、自殺なんて!!!」
いきなりの光景に動揺し、僕は叫ぶ。
「・・・自殺?」
彼女は、不思議そうな表情を僕に向けて、
「これって・・・自殺っていうの???」
「何言ってるの!今、屋上から飛び降りようと、」
「だって私、もうすぐ死ぬんだもの。・・・それが、ちょっと早くなるだけよ」
「え・・・・!??」
あまりにもさらりと言われたせいで、一瞬、彼女が言ってることが理解できなかった。
呆然としている僕に、彼女は続けた。
「私、病気なの。ものすごく特殊な病気らしくて・・・もう、治らないんだって。
どうせもうすぐ死ぬんだったら、今死んでも同じかなって思ったんだけど。」
「お、同じな訳っ・・・・・・・・・。」
僕は、何故かうまく言葉を発する事が出来なかった。
彼女の瞳が、うつろで光を宿していなかったからかもしれない。
その瞳が、彼女の言っている言葉に妙な現実味を持たせていた。
「それより、キミ。そろそろ中へ入った方がいいんじゃない?」
「え?」
彼女の発した唐突な言葉に、僕は一瞬たじろぐ。
「もうすぐ・・・雨が、来る。それも、結構強いのが」
「・・・なんで、わかるの??」
空を見上げてみたけど、そこにはひたすら青い空があるだけだった。
「・・・雨のにおいが・・・するから・・・。」
数分後。
彼女が言っていたとおり、雨は本当にやって来た。
「本当に・・・雨、降ったね。」
「だから、言ったじゃない。」
大粒の雨に打たれるのを嫌がる訳でもなく、僕達は空を見上げていた。
「あのさ・・・キミは死ぬのが怖くないの?」
雨に塗れながら、僕は彼女に尋ねる。
「怖くなんかない。誰だって、いつかは死ぬものだし」
「それでも、死が怖くない人間なんていないはずだ。」
「・・・・・・」
「"怖い"って言えばいいじゃないか!"死にたくない"・・・"生きたい"って!!」
「怖いって言ったところで何が変わるのよ!?」
突然、彼女の顔が険しくなる。
「そうよ、怖いわよ!今だって足ががたがた震えてるの。・・・格好悪いでしょ!??」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
こぼれ落ちては、雨にまみれて見えなくなる。
「雨は・・・いろんな、汚いものとかを洗い流してくれるけど・・・私の死までは洗い流してくれない。
この雨の粒が凍って雪になるみたいに・・・私の心も凍ってしまえば、死ぬ事なんてなんともなかったのに。」
彼女は顔を上げ、その顔に直接雨を受ける格好になる。
「死ぬ事なんて・・・怖くもなんともなかったのに・・・。」
雨の強さが、どんどん増していく中、彼女はその場に崩れるように仰向けに倒れた。
僕はしゃがみこんで、彼女の背を支えてやる。
「だ、大丈夫!?」
「はは・・・こんなに濡れちゃったし・・・もうそろそろ、危ないかも。」
彼女はそれを何でもない風にさらりと言った。
雨はますます強くなり、2人はもうびしょぬれだった。
「私、雪って見た事ないの。」
ふいに、彼女が口を開く。
「え?」
「私ね、暖かいところで生まれたの。数年前にこの街に来たんだけど・・・この街も、ここ数十年、雪降ってないみたいだし。」
彼女の言うとおり、たしかにこの街は、ここ数十年、雪が降っていない。
別に暖かい訳でも、寒いわけでもないこの街に雪が降るのは、ごくまれらしい。
「死ぬ前に、一度だけでも見てみたかった。きっと、綺麗なんだろうな・・・。」
「見ればいいじゃないか!これからも、生きていれば、絶対・・・」
「それは、出来ない。・・・それに、私もそろそろ限界・・・」
「逝っちゃだめだ!生きて、一緒にこの街の雪を見ようよ!!!」
「・・・本当は、キミの隣でもう少しだけ生きていたかったんだけどな。一緒に、雪を見たかったんだけどな。」
彼女は、雨に濡れた人差し指で、僕の胸の辺りを指差して。
「私が死んでも・・・キミのここに、ずっと私をいさせてくれたらうれしいな・・・」
そう言って、彼女は静かに目を閉じた。
その瞬間、辺りの気温がぐっと下がり、さっきまでの雨の勢いが急に感じられなくなった。
かと言って、上から来る冷たい粒が無くなった訳でもなく、ただふわり、ふわりと冷たい粒が舞い降りてくる。
僕は不思議に思い手のひらを広げて空に掲げ、落ちてきた冷たい粒を、手のひらにのせた。
その白く冷たい粒は、僕の手のひらにのった途端、解けて水になった。
―雪。
それは、まぎれもなく雪であった。
冷たい雪が降りしきる中、僕の頬にはそれとは違う、何か暖かい水滴が流れ落ちた。
静かに横たわる彼女の目は、これからもずっと開く事はなかったが・・・
彼女は、見る事が出来ただろうか?
この街に、何十年もの間、降ることの無かった雪を――
++あとがき++
やっと仕上げた一次創作小説同盟様の企画小説です!
死を目の前にした少女の話〜…ってこのサイトにもう1つありますが、その辺は気にしないで下さい。
あぁぁ、なんだかめちゃくちゃ文変ですね…。直す時間も無く;;
にしても、こういう終わり方は初めてかも…。
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