めぐり合う魂
俺は悪魔だ
だけど悪魔じゃない
俺は 光と闇の間を
永遠にさまよい続ける
全てを忘れる事もできず
過去の全てと
未来の全てを
俺は見続ける
俺はディパンズ。悪魔だ。
悪魔の仕事は魂を狩ること。と言っても、誤解されては困る。
俺達は別に、人間や動物を地獄へ落とそうと言う仕事ではない。
それは天使がやる事だから。天使は天使の勝手な天秤で、勝手にいい人悪い人を決める。
俺達は、身体が成仏できるよう、魂を身体から切り離してやるんだ。
その日も俺は、魔王様から新しい仕事をもらい、さっそく身体の所へやってきた。
「こいつか。」
病院と言われる所。窓からそいつを覗く。
水色のパジャマを着た、まだ12,3歳くらいの奴だった。
「こんにちは。」
そいつは、俺に向かって笑ってそう言った。
ありえない事だった。
俺達の常識では、身体のある人間は、悪魔も天使も見えないはずなのだ。
「よ、よぉ。」
俺は冷や汗をかきながら、適当に挨拶する。
「ひょっとして、今度僕のクラスになった人?」
「え。」
「な訳ないよね。あ〜ぁ。とうとうお迎えが来ちゃったんだ。」
そいつは目を細めた。
寂しそう、とでも言うのだろうか。
「僕の小学校は毎年クラス替えがあるんだ。
それで、毎年同じクラスになった人は、お見舞いに来てくれるんだ。
1回か、2回。名前も覚えないうちに、ここへ来なくなるんだ。」
「そ、そうなのか。」
「君、天使?肌が真っ白でキレイだもんね。
よかった。僕、小さい頃から身体が弱くてさ。
誰にも何にもいい事してあげられなかったから、きっと僕は地獄へ行くんだって思ってたんだ。」
「地獄へ行くかどうかは、俺が決められる事じゃねぇよ。」
「……そっか。閻魔大王に会うんだっけ。閻魔大王ってどんな人?」
「魔王様の事か?」
「怖い?」
「……厳しいけど、怖くない。」
「そっか。よかった。怖い人だったら僕きっと耐えられないもん。」
不思議な気持ちだった。
こいつは初めて俺に気づいたし、俺はなぜか人間と喋ってる。
「なぁ、どうしてお前は俺が見えるんだ?」
「え。なんでだろう。……なんでかなぁ。」
俺は気づいた。
こいつ、ずっと笑ってるけど、笑い方が変だ。目が、笑ってない。
「……怖いのか?死ぬのが。」
「え。そんな事ないよ。小さい頃から、いつ死んでもおかしくないって言われてたから。」
「ビョウキなのか?」
「うん。血管が弱くて、ちょっと動くと酸欠とか、あと、身体の中で切れちゃったり。先天性なんだ。」
「先天性?」
初めて聞く言葉だった。
「お母さんのおなかの中にいる時からって事。あ、でも、僕全然母さんの事恨んでないよ。お母さん優しいんだ。」
「……お前さ、無理して笑わなくっていいんだぞ?」
俺はポロっと言ってしまった。
「え。……いや、だな。無理だなんて。」
そいつは一瞬顔を背けて、また戻した。
コンコン。
「春樹。あれ、お友達が来てたんじゃないの?」
こいつ、春樹って言うのか。
「お母さん、天使が僕を迎えに来たんだ。」
「そう。じゃあ、夢の中でお話してたのかな。」
「ゆ、夢じゃないよ。そこにいるんだ。」
春樹は、俺を指差した。
「何を言ってるの。まだ寝ぼけてるのね。」
やっぱり、母親は見えない。
「そんな事ないのにぃ。」
春樹は唇を尖らせた。
そして、俺のほうを振り返って、
「ねぇ。」
と、また、笑った。
俺は、気味が悪くて、帰ってしまった。
仕事を投げ出したのは、生まれて初めてだった。
と言っても、俺はいつ生まれたのかは、覚えてないが……。
俺は魔王様に報告に行った。
魔王様は、魔王様らしくなく、人間が捨てた盆栽を、持ち帰ってきて、愛でていた。
だから、今も暗い謁見室ではなく、太陽の眩しい庭にいる。
「魔王様、俺、あの人間が怖いんです。」
「怖い?なぜだ。」
「何と言うか……不気味?何を考えているのかがわからなくて。死ぬんだって、笑って言う奴なんですよ。」
「ディパンズ、お前みたいな暴れん坊が、人間に情けをかけるなんてな。
お前が駄目なら、他の者に申しつける。それでよいか。」
ちがう。
「そうじゃないんです!あいつ、本当に今死ななきゃいけない奴なんですか?何かの手違いとか、そういうのじゃ。」
「それはありえないな。」
「でも、万が――」
「ならば!この世の運命を変えるというのか。」
「それは……。」
「ディパンズ、お前もわかっているだろう。
たとえば1人何かのきっかけで生き延びたとしよう。
そのたった1人の周辺から、徐々に歴史は変わっていく。
そうなれば、世界の安定は保たれない。お前も、よく知ってるはずだ。」
「……はい。」
悔しかったけど、全くその通りなのだ。
だけど、俺は妙に、あいつを死なせたくない、そう思った。
「魔王様、あいつの魂、やはり俺に任せてください。ちょっと、時間はかかるかもしれませんが。」
「余計な事は、考えるなよ。」
「……はい!」
余計な事は考えまくっていた。
俺はまたすぐに飛び出して、春樹の所へ行った。
「お前さ、本当に死にたいのか?」
「だって、そういう運命なんでしょ?」
また笑って誤魔化してやがる。
「本気で答えろ!じゃなきゃ俺も、仕事がし辛い。」
「へぇ、そういうのってあるんだ。死ぬ前にちゃんと話を聞いてくれるんだね。」
「そう思うんだったら、ちゃんと答えろよ!」
「だって、死ぬってわかってるのに、何にも考える必要ないじゃん。」
そう言った春樹の目は、やはり寂しそうだった。
そう、悲しいんじゃない。寂しいんだ。
「お前、いつから入院してるんだ?」
「小学校2年生。今6年だから、5年目だ。はは、すごい。」
「寂しいのか?」
「なんか、慣れちゃった。」
「春樹の嘘つきめ。地獄に落ちるぞ。」
「……死にたくないって言ったって、どうせ死んじゃうんでしょ。」
小声で呟いた。
「……あぁ。それは運命だから。」
「じゃあ、僕は何のために生まれてきたのかな?僕、まだ12年しか生きてないんだよ?
僕のおばあちゃんだって、僕より長生きだよ。」
「……長生きしたいのか。」
「うん。長生きして、いろんな所へ行きたいんだ。これ見て。」
春樹は、戸棚から本を取り出した。
「これ、夜景って言うんだ。これが横浜、東京、ニューヨーク、パリ。これはね、エッフェル塔って言うんだ。」
その本をパラパラめくりながら、全部説明した。
次の本は建物だ。
「これがね、ピラミッドって言うんだ。すごいだろ。それから、ピサの斜塔。これは、沖縄のお城。」
本はまだまだ出てきた。
「これがサッカーのスタジアム。これは、初めてオリンピックが開かれた所。
この写真のはね、テニスの大きい大会が開かれるんだって。」
海。空。寺院。像。食べ物。農家。都市。祭典。いろんな国の、いろんな写真。
「でも、もう僕は、な〜んにも必要ないんだ!!」
あっけらかんと笑う春樹。
でも、目からは大粒の涙が出てきた。
「……無理して笑ってるんじゃないんだ。僕は、笑い方しか知らないんだ。
ナースさんやお見舞いに来てくれる人と、いつもこうして喋ってたから。」
思わず、俺は春樹を抱きしめた。
「どうしたの?ディパンズ。なんでディパンズが泣いてるの?」
「ない、泣いてねぇよ。」
俺は、もっともっと強く春樹を抱きしめた。
「ディパンズ、ディパンズが泣いてると、僕も、僕も……悲しいよぉ。」
「俺は、お前を死なせない!絶対に死なせない!!」
「でも、僕はもう死ぬんだろ。いいんだ。ディパンズとの事が心残りになる前に、僕死ぬよ。」
俺は顔を上げて首を振った。
「お前は死にたいのか!?」
「し、死にたくないよ!!僕はずっと外に出たかったんだ。絶対に、死にっ、死にたくないんだぁ!!」
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