メロディー


クラリネットを吹けるようになってから、1年。
本当はオーボエを担当したかったけど、人気がありすぎて選ばれなかった。
もっとも、才能が無いのもひとつの理由ではあったが。

とっても憧れていた、ダブルリードの楽器。

繊細で。
しとやかで。
力強さも持っていて・・・

でも、あたしは指が短くて、Sクラリネットの担当。
本来なら普通のクラリネットとかけもちのはずなのに、あたしに割り当てられたのはこの楽器。

最初は苦手だと思っていた。
楽譜すらただの記号の集まりに見えた。

でも今は違う。
簡単な譜面なら、メロディーを奏でられる。
英語は大嫌いなのに、『p』とか『f』とかのたった一文字にも反応してしまう。

「・・・村井は高音がきれいに続くよな」

太田祐樹(おおた・ゆうき)先輩の一言が耳にこだまする。
彼は男の人なのにクラリネットを担当している。しかも人気の高いファーストパート。
だからあたしとパート練習をすることがほとんど。

たぶんあたしがここまで頑張ってこれたのも、彼のおかげ。
クラリネットが、こんなに素敵な音を奏でられると教えてくれたのは彼だったから・・・


祐樹先輩はひとつ歳上の中学3年生。
だから今度のコンクールで吹奏楽局は引退。
先輩の綺麗なメロディーを聞けるのも、この夏が最後。
冬の定期演奏会に、彼はいない。

彼は本格的にクラリネットを学ぶため、音楽専門の高校に進学する。

  彼のメロディーを聴けるのはこのコンクールが最後。
ひとつひとつの音を聞き漏らさないように、あたしは精一杯、譜面と彼のリードに合わせる。
さらりとした黒髪が、額に落ちていた。

でも・・・

涙が止まらないのはなぜ?
息が続かないのはなぜ?
ブレスが息切れになってしまうのはなぜ?

「・・・す、すみません。ちょっと・・・」
あたしは顔を上げないようにして、練習の場所に指定された教室を出る。
あわてて閉めたドアが思ったよりも大きな音がしてびっくりした。
でも、振り向けない。
振り向くと練習をしているメンバーと目が合ってしまう。
それどころか、祐樹先輩と目が合ってしまう。

あたしは人気の無くなった廊下を走って逃げた。

逃げた?

・・・そう、逃げたのよ。

だって、祐樹先輩の顔が見れないんだもの。
彼の音に合わせられないんだもの。
メトロノームの規則正しいリズムにすら合わせられないんだもの。

あたしは校舎のはじにある水のみ場で水をごくごくと飲み、顔をじゃぶじゃぶと洗ってほっと一息ついた。

「・・・あたし、今年のコンクール、出られないかもしれない・・・」

小さな声でつぶやいた。
だってそうじゃない?
練習に身が入らない。
祐樹先輩のことばかり考えている自分がいる。
彼の細い指や、指揮を真剣に見る視線にどきどきしているんだもの。

「・・・末期症状かも・・・」
とたんあたしは笑いがこみ上げてきた。
持っていたハンカチで口をおさえる。
でもその笑いは嗚咽へと変わる。

「・・・く・・・・うっ・・・」

涙が止まらない。

さっき顔を洗ったばかりなのに、涙でぐしゃぐしゃになってしまう。

「・・・村井?」
「え?」

や・・・な・・・ど、どうして祐樹先輩がここに?

  あたしは思わずぽかんと口をあけて彼を見上げた。

「・・・なんで泣いてるだよ?」
「あ、や・・・泣いてなんていません」
「泣いてるよ」
そう言ってあたしの顔を見る先輩の視線が痛くて顔をそむける。
「・・・練習、少しキツイか?」
あたしはふるふると首を振ってそれを否定した。
「パート練習って、地味だけどとても大切なんだよ」
そんなこと知っている。
「・・・俺、今年のコンクールで最後だから結果を出したいんだよ」
「はい・・・」
「だから、一緒に頑張ろう。・・・あ、いや、別に特別って意味じゃないけど、一人でも欠けたら高音のパートが壊れてしまうから」
彼が困った様な顔をしてあたしを見ているのを感じた。
「・・・あたしが高音のパートにいれば、少しでも役に立ちますか?」
「役にたつ?そんなんじゃないよ。必要だよ、村井のきれいな高音域は」

『必要』という言葉にどきっとした。

もっとも、彼が『必要』と言ったのはあたしの出せる高音域のことであって、あたし自身のことではないのだけれど・・・
でも、あたしの口は勝手なことをつぶやいてしまった。

「・・・あたし、先輩と二人でなら頑張れる・・・」
「・・・は?」
言ったとたん、あたしは顔が熱くなった。

思わず口走ってしまった言葉。
元に戻せない言葉。
ハンカチを握る手に力が入る。

「・・・ごめんなさい。先輩。・・・あたし、今日の練習はもう出られませんっ」
あたしは恥ずかしさとあせりとで、頭の中が真っ白だった。

こんなところにはいられない。
一分でも一秒でも早く、彼の目の前から去ってしまいたい。

あたしはくるりと踵を返し、玄関に向かって走り出した。が、先輩の腕の方が早かった。

「・・・待てよ・・・」
先輩の声が冷たく響く。
きっと、怒りをたたえた瞳であたしを見ているんだ。
だって、あたしの腕を掴んでいる先輩の指が、とても冷たく感じるんだもの。

  「・・・逃げるなよ」

先輩の声がずっと遠くから聞こえるような気がする。
あたしは知らず知らずのうちに体が震えていた。

「・・・俺、もう限界だから・・・」

ほら、怒ってる。
あたしがあまりにも勝手なことばかり言うからだ。
いくら優しい先輩でも、腕にこめられた力はあたしをにくんでいる証拠。

「・・・俺、村井のこと、ずっと見てたから・・・」
「・・・は?」
しかし、彼の言葉にあたしの方がとまどった。
恐る恐る彼の顔を見上げて見ると、その表情は怒りではなく困惑だった。

「俺、おまえが部活の見学に来た時から、ずっと見てたから・・・一年間、ずっと見てたから」

え?あたしってばかだから意味が判らない。
もっと判りやすく言って下さい。

「あのな、村井。俺だってできることなら二人で頑張りたいよ、今度のコンクール。・・・でも、それって、おおっぴらに言えない
だろ?・・・『俺は村井が好きだから、二人三脚で頑張ります』なんて・・・」

あれ?あたし耳が悪いのかな?
『俺は村井が好き』って聞こえたような気がするんだけど・・・

見上げた先輩の顔が、困惑から羞恥に変わっていた。

「あ、あの、先輩?もしかして、あたしのことが好きって言ったの?」
「ああ。迷惑かな?」
あたしは思い切り首を振って否定した。本当に、ぶんぶんって音がするんじゃないかというくらいの勢いで首を振ったもんだ
から、思わず立ちくらみを起こしそうになったくらい。

「・・・あたしも、ずっと先輩を見ていたの。先輩の音に近づきたくて、先輩と一緒に練習しているうちに、どんどん好きになって
いったの・・・」
「はぁ?」
彼が力の抜けたような声で変な声を出した。
それがおかしくて、あたしはふふっと笑った。
「・・・なんで笑うんだよ?」
「だって先輩の声・・・おかしいんだもん」
「おかしくないよ。ただね・・・」
「ただ、どうしたの?」
先輩はつかんでいたあたしの腕を離すと、あたしの手をしっかりと握った。
「・・・いやね、村井も俺のことを見ていてくれたんなら、もっと早くに告白(こく)ればよかったと思ってさ」
「あたしも、あんなに緊張してパート練習をしなくてよかったのね」
彼はあたしの顔を覗き込みながら言った。
「緊張してたの?」
「うん。とっても」
「俺も同じだよ」
そう言ってほっとため息をつく先輩が、ちょっとだけかわいらしく見えた。でも、あたしの手を掴んでいる彼の大きな手は、男の
人の大きな手。


「・・・練習に戻れそうか?」
「うん。もう大丈夫」
「よかった・・・」
現金なもので、心のつっかえが取れると、うそのように晴れ晴れとした気持ちでいられた。

「・・・あたし、今年のコンクール、精一杯頑張ってみる。もし入賞できなくても、後悔はしたくないからやれるだけのことはやっ
てみる」
「ああ。それは俺も同じ。・・・それに・・・」
「それに?なあに?」
「二人三脚で頑張れそうだし、な」
彼の言った言葉に、思わず顔が熱くなる。

でも、彼があたしのことを好きでいてくれたなんて信じられない。
夢でも見ているのかしら?

  よし・・・

「・・・先輩、本当にあたしのこと好き?」
「あ、ああ。なんだよ、急に?」
「夢・・・じゃないよね?」
「そのつもりだけど・・・」
「・・・じゃあ・・・失礼しますっ」
そう言うと、あたしは先輩のほっぺたに手を伸ばした。
そのまま彼のほっぺたを指先でぎゅっとつまむ。

「・・・い、いてーよっっ。何するんだよっ!」
「あ、んと・・・痛いなら、夢じゃないんだよね?」
ほんのちょっと涙目になってあたしをにらむ先輩の顔が子供みたいで、とっても新鮮だった。
「夢じゃないって・・・だから、証拠・・・」
彼はほっぺたをさすりながら、あたしに近づいた。

で、ほっぺたにちゅって・・・

「・・・あ・・・」
「ね、夢じゃないだろ?」

たぶん、あたしは真っ赤になってる。
耳まで熱いもの。


きっと、今年のコンクールはいい成績を修められる。

大好きな先輩と二人三脚で。

きれいなメロディーを奏でられる。


だって・・・


素敵なおまじないをしてもらったんだもの・・・


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キリ番を踏んでくださったお礼にプレートをさしあげたら、
お返しにこんな素敵な小説をいただいちゃいました!
はぁ…青春ですねぇ…♪(笑)
うちの吹奏楽部じゃありえないですからね。
何しろ、男の先輩は1人しかいなかった上に、
その先輩は何考えているかよくわからない無口な人でしたから…。
素敵な小説、どうもありがとうございましたv

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